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2022年2月19日、渋谷イメージ・フォーラムほか全国公開

Introductionイントロダクション

忘れないで、私の姿…
過去と現在が織り交ざる、切なく幻想的な物語。

漫画家を目指す草介は、絶滅したニホンオオカミを題材に漫画を描いているが、肝心のオオカミをうまく描けず前に進めない。そんなある日、バイト先の工事現場で、逃げ出した犬を探す不思議な娘・ミドリと出会う。転倒しケガをしたミドリを、彼女の家族が営む写真館まで送り届けるが、そこはいつも見る東京の風景とは違っていた…。草介はミドリとその家族との出会いを通じて、その土地で過去に起きたことを知ることになる。東京の土地に眠る、忘れられた人々の想いがよみがえる、幻想譚である。

第52回インド国際映画祭(ゴア)で金孔雀賞(最高賞)受賞!
自然と人間の関係性を描いてきた監督・金子雅和がはじめて向き合った東京とその土地の記憶。

初長編監督作『アルビノの木』が海外映画祭で20の賞を獲得し注目された金子雅和監督。自然と人間の関係性を描いてきた監督が、はじめて東京を舞台に、町や人々の記憶と対峙した本作は、アジア最大級の映画祭、第52回インド国際映画祭(ゴア)で最高賞である金孔雀賞を受賞。日本映画の受賞は『あにいもうと』(今井正監督/76)、『鉄道員(ぽっぽや)』(降旗康男監督/99)についで、史上3番目の快挙となった。美術監督は『Shall we ダンス?』(周防正行監督/96)で日本アカデミー賞最優秀美術賞受賞の部谷京子、劇中漫画は水で書きそこに墨を落とす技法が特徴で『花筐/HANAGATAMI』(大林宜彦監督/17)の宣伝ビジュアル画を担当した森泉岳土が務め、現実と幻想が入り交ざる世界観を作り上げた。

主演はいま最も勢いのある若手俳優・笠松将。ヒロインに阿部純子。さらに、安田顕、長谷川初範など実力派俳優陣が集結。

主人公・草介を演じる笠松将は日本テレビ系「君と世界が終わる日に」やNetflix「全裸監督 シーズン2」、マイケル・マンがエグゼクティヴ・プロデューサーと第1話を監督するWOWOWのドラマシリーズ「TOKYO VICE」など話題作への出演が続き、注目を集める若手俳優。地に足がつかず漠然とした不安を抱える現代の若者のリアルを、絶妙なバランスで演じている。ミドリと梢の二役を演じる阿部純子は海外作品にも多数出演する国際派。本作では、幻想世界のヒロインの神秘性を体現した。ほか、主演映画が相次ぐ安田顕、金子監督の初長編『アルビノの木』でも存在感を放った長谷川初範、日本映画界に欠かせない片岡礼子らが脇を固める。

Storyストーリー

  • 漫画家を目指す草介は、絶滅したニホンオオカミを題材に漫画を描いているが、肝心のオオカミをうまく描けず前に進めない。ニホンオオカミの痕跡を求めて入った山中で、草介はレトロなカメラを構えた少年と出会う。少年は「オオカミは、多分まだここにいる」と意味深な言葉を残して去っていく。

    そんなある日、草介はバイト先の工事現場で、動物の頭蓋骨の一部らしきものを見つける。漫画のヒントになるかもしれないと考えた草介は、骨をこっそり持ち帰り調べるが、その正体は分からない。気になって仕方ない草介は、誰もいない夜の工事現場に向かう。すれ違う街の人々は冬の花火大会へと繰り出している。 更なる発掘を続けていると、飼い犬のシロを探しに来たミドリと遭遇するが、驚いた彼女は転倒し足を怪我してしまう。歩けないミドリを、彼女の家族が営む写真館まで送り届けると、そこはいつも見る東京の風景とは違っていた…。

Cast & Staffキャスト&スタッフ

Castキャスト

  • 笠松将間草介
  • 阿部純子川内ミドリ/梢
  • 安田顕川内青一
  • 片岡礼子川内藍子
  • 品川徹川内黄太
  • 田中要次塩屋
  • 長谷川初範銀三

Director監督

監督・脚本:金子雅和

1978年1月24日生まれ、東京都出身。青山学院大学国際政治経済学部卒。大学在学中に8mm/16mmフィルムで習作的な映像制作を始める。卒業後は古書店で働きながら映画美学校で瀬々敬久監督の指導を受け、修了制作の『すみれ人形』が第13回ハンブルグ日本映画祭(ドイツ)などで正式上映される。その後、テレビCMや映画・企業VP等の現場に携わりながら6本の短編映画を監督。2016年、初長編監督作『アルビノの木』が第6回北京国際映画祭(中国)の新人監督部門で海外初上映、テアトル新宿ほか全国で公開される。第4回フィゲイラフィルムアート(ポルトガル)で最優秀長編劇映画賞・監督賞・撮影賞をトリプル受賞したのを皮切りに、スペイン、スウェーデン、メキシコなど15ヶ国20以上の国際映画祭でノミネート上映、9つの最優秀賞を含む海外20冠を達成。2018年、池袋シネマ・ロサで初期8mm作品から『アルビノの木』までを網羅した『金子雅和監督特集』が開催。2021年、二本目の長編監督作となる『リング・ワンダリング』を完成。第37回ワルシャワ国際映画祭(ポーランド)のコンペティション部門で世界初上映し、エキュメニカル賞スペシャル・メンションを授与され、第22回東京フィルメックスで国内初上映された。同作の公開と並行して、次回長編企画『水虎』を進行中。文化庁が主宰する2021年度・日本映画海外展開強化事業の映画作家3名に選ばれている。

Filmograpy

『すみれ人形』 2007年/映画美学校 修了制作
『鏡の娘』 2008年/短編
『こなごな』 2009年/短編
『失はれる物語』 2009年/短編
『復元師』 2010年/短編
『水の足跡』 2013年/短編
『逢瀬』 2013年/短編
『アルビノの木』 2016年/初長編
『リング・ワンダリング』
2021年/長編2作

Directors’s statement

私が生まれ育った日本の首都・東京は、オリンピックに向けこの数年間でますます開発が進み、まるで土地の記憶を上書きしていくかのように、真新しい建造物やコンクリートに覆われました。しかしそんな東京の地面の下には76年前の戦争の 大空襲 で亡くなった十万人以上の命が、今も報われぬまま埋まっているといいます。 更に遡って19世紀後半の近代化以後、日本は欧米諸国に対抗し国力・軍事力を強化していく過程で、長年培ってきた固有の自然環境を大きく変え、結果として生態系の頂点にいた ニホンオオカミが絶滅しました。 次なる戦争への危機感が漂う現在、私たちの社会はそれでも過去を振り返らずひたすら前へ進もうとしていますが、ひとつの場所で起きた出来事やそこに生きてきた者たちの記憶は、時間の流れと共に容易に消えていくものではなく、その土地を媒介としてレイヤー状に折り重なり、ずっと存在し続けているのではないか、と私は考えています。目まぐるしく価値観が替わり、たくさんのものが消費され、捨てられ、忘れ去られていく2020年代に私が、「かつてここにいたもの」や「記憶」といった目に見えない存在を劇映画として描き出したいと思ったとき、本作の物語と共に、見えないもの=日本社会から失われたものの象徴としてニホンオオカミのイメージが浮かびました。 絶滅したニホンオオカミを探し求める本作の主人公・草介は、現在の東京の地面の下から発見した遺物をきっかけに、同じ土地でかつて生きていた人たちの世界へ迷い込み、命の重さを知ります。彼の姿を通じて、この世のどこかに埋もれた過去の記憶や命を、ほんの少しの時間だけでも立ち止まり想像してもらえることがあったら、作り手として嬉しいです。

Staffスタッフ

  • 美術:部谷 京子

    広島県広島市出身。 武蔵野美術大学在学中に円谷プロダクションで美術助手のアルバイトを務める。助手時代に『陽炎座』(81/監督:鈴木清順)、『MISHIMA』(85/監督:ポール・シュレイダー)、『夢』(90)『八月の狂詩曲』(91/共に監督:黒澤明)などに参加。 『シふんじゃった。』(92/周防正之)で美術監督デビュー。『 金融腐触列島【呪縛】』(99/監督: 原田眞人)、『陰陽師』(01)『壬生義士伝』(03/共に監督:滝田洋二郎)などに参加。日本アカデミー賞優秀美術賞12回受賞。うち2回最優秀賞受賞。 『天地明察』(12/監督:滝田洋二郎)で毎日映画コンクール美術賞受賞。紫綬褒章、中国文化賞など。

  • 劇中漫画:森泉 岳土

    1975年生まれ。東京都出身。マンガ家。水で描線を描き、そこに墨を落とし、細かいところは爪楊枝を使うという独特の技法で絵を描く。2018年『報いは報い、罰は罰』上下巻(KADOKAWA)が、2019年『セリー』(KADOKAWA)が、それぞれ文化庁メディア芸術祭で審査委員会推薦作品に選出。最新刊は東京が滅んだあとの物語『アスリープ』(青土社)。柴崎友香『寝ても覚めても』(河出文庫) の装画や、『花筐/HANAGATAMI』(17/監督:大林宣彦)の宣伝ビジュアル画も担当。

  • 共同脚本:吉村 元希

    東京都出身。成城大学文芸学部芸術学科映画学専攻。高校生の時に監督した短編映画『放課後』がぴあフィルムフェスティバル(PFF)で入選『外科室』(92/監督:坂東玉三郎・主演:吉永小百合)で脚本家デビュー。その後、主に日本のアニメーションでシナリオに従事。「BLEACH」「テニスの王子様」ほか、担当作は多数。映画脚本は『夢の女』(93/監督:坂東玉三郎)『笑う大天使(ミカエル)』(06/監督:小田一生)など。

  • 撮影:古屋 幸一

    1974年福岡県出身。慶應義塾大学総合政策学部卒。主に高間賢治氏に師事。映画・ドラマ・CM・ミュージックビデオ等撮影。主な撮影作は、『ニュータウンの青春』(11/監督:森岡龍)、『見えないほどの遠くの空を』(11/監督:榎本憲男)、『MR.LONG/ミスター・ロン』(17/監督:SABU)、『ポルトの恋人たち』(18/監督:船橋淳)、『転がるビー玉』(20/監督:宇賀那健一)、『COME&GO』(21/監督:リム・カーワイ)など。

  • 照明:吉川 慎太郎

    映画美学校フィクションコース高等科修了。主な担当作品に、『へばの』(09/監督:木村文洋)、『大拳銃』(12/監督:大畑創)、『ふたりのシーズン』(12/監督:井土紀州)、『マリア狂騒曲』(13/監督:井土紀州)、 『ぼくたちは上手にゆっくりできない。』(15/監督:安達寛高、桜井亜美、舞城王太郎)、『なっちゃんはまだ新宿』(17/監督:首藤凛)、『シライサン』(20/監督:安達寛高)など。

  • 録音:岩間 翼

    1979年新潟県生まれ。音響技術専門学校卒業。現在はフリーの録音技師として活動中。代表作はデビュー作『行け!男子高校演劇部』(11/監督:英勉)を始め、『サラリーマンNEO劇場版(笑)』(11/監督:吉田照幸)、『アルビノの木』(16/監督:金子雅和)、『リングサイド・ストーリー』(17/監督:武正晴)、『マイ・ダディ』(21/監督:金井純一)など。

  • 音響:黄 永昌

    1976年東京都生まれ。映画美学校フィクションコース修了後、音響:菊池信之氏のもとで助手をしながら様々な自主映画に参加。近年は技師としても活動する。主な参加作品は『TOCHKA』(07/監督:松村浩行)、『ヘヴンズ・ストーリー』(10/監督:瀬々敬久)、『不気味なものの肌に触れる』(13/監督:濱口竜介)、『VIDEOPHOBIA』(20/監督:宮崎大祐)、『映画:フィッシュマンズ』(21/監督:手嶋悠貴)、『春原さんのうた』(22公開/監督:杉田協士)など。

  • 音楽:富山 優子

    東京藝術大学大学院音楽研究科(修士課程)作曲専攻卒業。作曲家/ピアニスト/シンガーソングライターとして活動。映像とのコラボレーションは、 『時々迷々』(NHK教育テレビ)、乃木坂46MV『ハルジオンが咲く頃』でのピアノ演奏、『おとぎ話みたい』(14/監督:山戸結希)劇中曲のオーケストラ編曲、『ブルボン アルフォートミニ「一人旅2こどもたち」篇』CM(主演:坂口健太郎、監督:山戸結希)など。

  • VFXスーパーヴァイザ―:高橋 昂也

    1985年愛知県生まれ。アニメーション作家・イラストレーター。東京藝術大学大学院修了。個人制作の態勢でテレビ、ゲーム、博物館などの場で活動。Eテレ「100分de名著」、ゲーム「DEEMOⅡ」でのアニメーション制作などのほか、自主制作作品も展開。金子雅和監督の表現姿勢に惚れ込み、異分野ながら金子組への参加を続ける。「水の足跡」(13)「逢瀬」(13)『アルビノの木』(16/すべて監督:金子雅和)など。

Creditクレジット

  • Cast

    間 草介:笠松 将

    川内ミドリ/梢:阿部純子

    川内青一:安田 顕
    川内藍子:片岡礼子

    川内黄太(老年):品川 徹
    川内黄太(少年):伊藤駿太
    川内桃子:横山美智代
    川内土志朗:古屋隆太

    内東大志:増田修一朗
    千場常男:細井 学
    鷹田勇斗:友 秋

    田中忠一:石本政晶
    守山やす江:桜まゆみ
    鈴村良人:川綱治加来
    秋川浩美:納 葉
    工事現場の人々:大宮将司 平沼誠士 伊藤ひろし

    八兵衛:ボブ鈴木
    作 治:比佐 仁
    呉 郎:山下徳久

    塩 屋:田中要次

    銀 三:長谷川初範

  • Staff

    製作:映画『リング・ワンダリング』製作委員会
    エグゼクティブプロデューサー:松本光司(プロジェクト ドーン)
    プロデューサー:塩月隆史(ラフター) 鴻池和彦(cinepos)
    製作協力:中山 豊(monkey syndicate) 中田直美(monkey syndicate)
    アソシエイトプロデューサー:松井晶子(ウィスリーフィルム)
    ラインプロデューサー:武石宏登

    脚本:金子雅和 吉村元希
    劇中漫画:森泉岳土
    音楽:富山優子

    撮影:古屋幸一 金子雅和(※漫画パート撮影)
    美術:部谷京子
    照明:吉川慎太郎
    録音:岩間 翼
    スタイリスト:チバヤスヒロ
    ヘアメイク:知野香那子
    VFXスーパーヴァイザー:高橋昂也
    イメージボード・小道具:金子美由紀
    音響:黄 永昌
    キャスティング:大松 高 
    助監督:土屋 圭
    制作担当:名倉 愛
    スチール:坂本貴光

    制作プロダクション:kinone
    監督・編集・企画・プロデュース:金子雅和

    <本作の二次利用に関するお問い合わせ先>
    ラフター(担当:塩月) 

Production Noteプロダクションノート

金子雅和監督による長編映画第2作─
『リング・ワンダリング』までの道のり

監督は、自身の長編映画第1作目である『アルビノの木』(2016)を、「現代を舞台にしましたが、大自然を背景に、神話性や寓話性を内包している作品でした」と振り返る。同作までにいくつもの大自然を背景とした作品を手がけているが、金子監督は東京都の出身。自身にないものを求めてしまうのか、映画を撮り始めてからというもの、つねに自然の存在に興味を惹かれてきたらしい。そこで次なる試みとして浮かんだのが、“東京を舞台にした映画を撮る”ということ。本作は当初、短編映画として構想されたものだが、それだとやはり劇場公開は難しい。「金子監督は長編映画を撮るべきだ」という関係者の後押しもあり、短編企画が長編化に向かい始めたのだという。そして、『アルビノの木』のファンである人々の協力も得て、2018年の夏頃、本作『リング・ワンダリング』の長編企画が本格的に動き出した。

東京の地に埋まっている戦争の記憶と、
ニホンオオカミというモチーフ

「短編企画を構想していた当時、戦争のことを思っていました。これがふと、東京オリンピックに向けた建築ラッシュと重なったんです。東京の地面が掘り起こされていく過程で、戦争の記憶をまとった遺物が掘り起こされる……。僕らの暮らすこの土地の下には、戦争の記憶が埋まっているのです」と、本作の物語の原点について語る監督。そこに、かつて生態系の頂点にあったとされるニホンオオカミというモチーフが加わった。「戦争で失われた“記憶”というものと、日本から姿を消した“ニホンオオカミ”の存在が重なりました」と続ける。本作では、ニホンオオカミが登場する漫画を描く青年が、とある骨を見つけたことによって、〈土地の記憶〉や〈歴史〉に触れていくことになる。「戦争やニホンオオカミのことは普段から考えていて、これがある日突然、結びついたんです」と監督。点と点が線になった瞬間に、「この映画は成立する」と確信したのだという。

金子監督を魅了する自然と動物の存在

「これまでの作品も本作のハイライトシーンと同様に、大自然の中で撮ってきました。そこにいる動物たちは、とても生き生きしていて魅力的です。あるとき、『映画の本質は動物なんじゃないのか?』と思い至りました。”動く絵”である映画と、“動く物”である動物との重なりを感じたのです」と自身の考えを監督は明かす。金子作品の魅力の一つが、映し出される大自然の得も言われぬ力強さだ。これについては「ロケーションは自分の足で探しにいきます。土地そのものが持つパワーを感じられる場所は面白いですよね。逆に、いろんな作品が撮られた場所は、人の往来がありすぎて、土地のオーラが薄れているのを感じてしまうんです」と語る。だがやはり、土地のパワーが強いところでの撮影は容易ではないようだ。「パワーの強いところでいきなり撮ろうとすると、土地そのものに負けちゃうんですよね。ただ“撮らされている”感じになってしまう。美しい画は撮れますが、何かを演出するようなところまではいけません。土地の波長と自分の波長が合うまで、どの作品でも時間をかけています」と、大自然にカメラを向けるうえでの秘密にも言及。「劇映画において自然は、たんなる背景ではありません。その地で生きる動物や人々は、自然と関わり合って生きている。だからこの背景とされるものこそ、丁寧に撮らなければならないと考えています」

『リング・ワンダリング』と過去作の違い

人間と自然の触れ合いや、“目には見えないが、存在しているもの”との出会いは、金子監督が一貫して描いてきた主題だ。しかし本作は、これまでと趣が異なる。監督は「見えないもの、普段は触れ合うことができないものに惹かれながらも、それらと主人公の間には隔たりがあって、もう一歩踏み込めないでいたのがこれまでの作品でした。対する本作は、直接的にそれらと出会い、具体的に触れ合います。これが今回はやってみたかったことです」と過去作との違いを語る。“抽象的ではない、具体的な触れ合い”──これによって本作はファンタジー性を帯び、エンターテインメント性をも得ることになった。「これまでの作品では、民話的なものや神話性が有機的に作品に反映されている面があるのと同時に、それによって物語を曖昧化してしまったり、抽象化させてしまっていた面があると思うんです。つまり、人間のより生な部分から離れていたなと。それは課題でもありました」と監督は言う。たしかに人間ドラマに重きが置かれている点も、これまでの金子作品とは異なる。本作ではユニークな会話劇も展開するのだ。そのうえ、草介の描く漫画の内容が劇中劇としても展開。それは大自然の美しさと厳しさが映し出す一方で、これまた本作に高いエンタメ性を与えている。結果、『リング・ワンダリング』はこれまでの作品との強い繋がりを持ちながらも、手触りの異なる作品となったのだ。

金子監督から見た、笠松将と阿部純子の魅力

映画に“動物的”な存在を求める監督は、主人公の草介役にもこれを求めたらしい。そこで当てはまったのが、笠松だった。「彼の主演作『花と雨』(2020)の予告を初めて観た際に、『この人だ!』と直感で思ったんです。どこか野性味のある俳優だなと。僕はきっちり画を作るタイプなので、あまりに従順すぎる方だと、すべてがスタティックに収まってしまう。そうするとドラマ性が失われ、美しい画の連続だけになってしまい、映画として面白くなくなる。実際、笠松さんはこちらの予測を越える俳優で、かつ、プロ意識の高い方でした」と笠松へのオファーの理由を明かす。一方の阿部については、「深田晃司監督の『海を駆ける』(2018)や白石和彌監督の『孤狼の血』(2018)を観て以来、ずっと気になっていました。彼女は神秘的で、役によって印象がまったく変わる俳優です。この撮影中にもそれを実感しましたね」と回顧。笠松が演じる草介はごく普通の青年で、阿部が演じるミドリと梢の二役は、どちらもフィクショナルな存在だ。この対照的な役どころを演じる二人のバランスが、本作の“センス・オブ・ワンダー”な世界観の構築には欠かせなかったようだ。

Commentsコメント

この青年の将来がどうなるかはわからないが、描くという行為と自分の人生が、一生に一度でもリンクすることがあるならば、それは漫画を描く者として幸福だ。

近藤ようこ(漫画家)

現代と過去が、ある日つながる不思議な瞬間があるなと感じる時があります。
それは、日々の何気ない生活の中にひっそりと息づいていて、この世界はすべて繋がっていることを感じざるをえない気持ちになります。
金子監督の「リング・ワンダリング」は、美しく雄大な自然と様々な不思議な繋がりを温かく、優しく包み込むように表現した作品だと感じました。
刹那的で温かくて、決して寂しいものではない。
そんなことを感じながら、拝見させていただきました。

福原希己江(音楽家)

妖しく美しい怪異譚!
猟師が獲物を狙い撃つ様は、カメラマンが被写体にレンズを向けてシャッターを切る様を想像させる。
それは自然界から芸術を切り抜こうとする監督自身の姿なのかもしれない。

乙一(作家)

この映画の監督は精霊的な自然を発見し、それを映像化することに最も力を注いでいるようにみえる。

つまり、監督こそがだれよりも狼に翻弄され、未踏の領域に到達したと言えるだろう。

畑中章宏(民俗学者)

子どもの頃、黄金色の大地に寝転んで自分の身体の中にある生まれる前の記憶と対話した事がある。
だれにも邪魔をされない平和で孤独な創造の世界。
「リング・ワンダリング」との出会いは私の記憶と結びつき、豊かな景色と共に、進むべき未來へ導いてくれました。
ありがとう。忘れてた。忘れてはいけないものを私は忘れていたのです。

占部房子(俳優)

前作でも思っていたことが『リング・ワンダリング』を拝見し確信に至りました。

金子雅和監督の最大の魅力はその圧倒的なロケーション力にあると。

それも、当たり前の景色をそれらしくデザインしてみせるような類のものではなく、間違いなく膨大な時間と労力をかけ見つけ出され、それと同等のエネルギーをもって切り取られたであろうロケーションのひとつひとつが眼福でした。

最高の景色を探そうとする金子監督はニホンオオカミを求め歩く登場人物と同じ目をしていたに違いない。

深田晃司(映画監督)

時間は巻き戻せないしやり直す事は出来ない。 しかし確かにそこにいたし、在った。 憶えている事は出来るし、今をどうするかの連続なのだ。

川瀬陽太(俳優)

端正な劇中画。特殊な描画法は版画の如く直接性を弱め、絵と二重写しの像を生む。
映画初見。物語から、映像から突然に引き剥がされ何かを見る瞬間がある。
ストーリーを知らぬ身が映画を踏み惑い一度きり出会う『映画の幽霊』。

山口晃(画家)

時空を超えたり、劇中マンガの物語に出入りしたり、幾層もの世界に誘ってくれて、1作に映画数本分の刺激が満ちている。ナチュラルで、スピリチュアルで、ドラマチック。鮮やかなエンディングにも脱帽!

矢田部吉彦(前東京国際映画祭ディレクター)

物語に感動し、泣き笑いする時、私たちは映画の素晴らしさを感じます。また、映画を観ていると、私たちはある種の魔法の目撃者となることがあります。映画の魔法。それは素晴らしく、しかし稀にしかできない体験です。そして『リング・ワンダリング』には、その全てが備わっているのです。

ステファン・ラウディン(ワルシャワ国際映画祭 フェスティバルディレクター)

金子監督の映画の中の自然は映像に包まれて眠りたいと思えるほど、実際に見る自然よりも美しいと思っていたのですが、今回は東京の街並みも、またそこにいる人間もまた実際よりも遥かに美しかったです。

絶滅した生き物、叶わぬ夢が支える美しさ。

リングワンダリング状態に陥った私たちにこれからも新しい地図を与えて頂きたいと思います。

石橋英子(音楽家)

草介を演じる笠松将が秀逸だ。写真はじめ、様々な痕跡を巡る旅路は、笠松の相貌へと収斂させる。出来事や歴史は直接描写されず、最終的に笠松の表情という痕跡は、彼の役者としての成長の徴として刻まれた。

ヴィヴィアン佐藤(ドラァグクイーン/美術家)

私が生まれる前からそこにいて、私が死んだ後もきっと、そこにいるもの達。

自然のものに触れるとき、いつもそれを思います。

この作品の中で出会ったもの達を見てよりそれを実感しました。

昔に会ったあの山や風の音の事を思い出しました。

山本奈衣瑠(女優/モデル)

オオカミとは何ぞや。
オオカミの存在で循環の輪が切れてしまった生態系の形の中で、私たちがその断裂をつなぎ合わせることが出来るのか。
その可能性を想像してみること。草介の身に起きるオオカミとの邂逅をいつか自分自身の体験として実感してみたい。

金原由佳(映画ジャーナリスト)

まっさらな紙に引かれる線や、地層に野生の痕跡を探すまなざしが、静かであればあるほどに、死者のほほえみは瑞々しく、カミの息は温かい。今を生きる鑑賞者もまた、優しい霊たちに抱かれているのかもしれない。

深津さくら(怪談師)

リアルな肌触りを持った摩訶不思議な世界を体験できる傑作。 何度も観て、その異世界を様々な視点で楽しみたい。 記憶と幻想、虚構が集約したラストカットが秀逸。

佐々木誠(映像ディレクター/映画監督)

この映画は、冒頭から崇高なラストショットまで、我々に魔法をかける。
それは感動的な詩情とマジックリアリズムの感覚を持ち、シンプルな作りは古典的風格だ。
そして俳優たちの演技には、物語を実現するための確かな技術と繊細さがある。

ベンジャミン・イリォス(カンヌ国際映画祭 監督週間)

『リング・ワンダリング』は、現代の日本社会に木霊する過去からの残響を映し出し、幻想と漫画と現実の織り交ざりを美しい画作りで表現する。
この映画では、複雑で多面的な日本の苦悩に満ちた過去の傷の物語が、演出と演技によって非常に繊細に描かれ、心躍るような体験となっている。
戦時中の記憶を蘇らせようとしているが、本作は戦争映画ではない。
むしろ人間同士の関係を軸としながら、理解出来る限界を超えたものへの思索を、我々に促しているのだ。

ラフシャーン・バニー・エッテマード(映画監督/イラン) シーロ・ゲーラ(映画監督/コロンビア)ほか、(第52回インド国際映画祭 審査委員一同)

三つの時間、時空を超えた恋愛、戦争への反対声明。
静かな語り口だが描かれるのは大きな物語だ。それでいて間違いなく今を撃っている。
金子雅和の現在進行形の到達点であり、そして何より阿部純子の永遠性が素晴らしい。

瀬々敬久(映画監督)

私たちは漠然とした不安に苛まれながらも、不自由ない生活を当たり前のように生きていて、その豊かさに疑問を抱くことなく日々を過ごしている。

漫画家を目指す若き青年が不思議な人々と出会い紡いでいく物語は、今私たちの生きる場所が尊い命の上にあるということを気づかせてくれた。

笠松将という役者の細やかな芝居に引き込まれ、主人公が辿る時空を超えた物語を追体験した心地よい感覚が残る。

柴崎まどか(写真家)

うつる線がみな、生きていた。

いつの時空でも呼吸を止めずに。

荒木知佳(俳優)

過去に、創作物のなかに、そして現在に、迷い込んだのは一体誰だったのか。

言葉を交わすから忘れられなくなり、言葉を交わさないから記憶にこびりついて離れない。

金子雅和はいつだって人、動物、時間に優劣つけることなく対等に見ようと挑戦し続けている。

この闘い方〈映画〉はかっこいい。

睡蓮みどり(女優/文筆家)

幾つかの視座が交叉する。
過去の視座と現在の視座。
人の視座と動物や森の視座。
それらの視座が円環をなす。
そして私は世界に開かれる。

映画は超越的感受性が失われたと嘆く。
それをニホンオオカミの絶滅に重ねる。
時空を超えて出会ったミドリもそうだ。
ミドリ演じる阿部純子の芝居が絶品だ。
未規定性を享楽する笠松将も凄く良い。

宮台真司(社会学者/映画批評家)

ファンタジックな虚構世界をつくり上げながら、金子監督はたしかに現在をみつめている。
進歩や発展という名の下に置き去りにされたものたちに光を当て、現代社会のあり方へ異議を申し立てる。
(朝日新聞2月18日付夕刊の映画評より抜粋)

月永理絵(ライター/編集者)

個々の画面が写しとるのは、小さな範囲の簡素なものに過ぎない。
けれど、秀逸な音響、美術設計と創造的な脚本の力で、時空間の軸上に現実を超えた広大で深遠な世界が構築されていく。
これぞ金子雅和映画のマジックだ。

暉峻創三(映画評論家/大阪アジアン映画祭プログラミング・ディレクター)

自然に在する精霊を感知できる能力が失われている時世だからこそ、金子監督の豊潤な原色の写真に染み込まれる体験をお薦めしたい。

ダニエル・アギラル(日本映画史家/サン・セバスティアン国際映画祭)